「IT’ MY STAR」

 

一枚の絵があった。
 夜明けとも夕暮れともつかない紫色の雲と、雲間から覗く薄紅色に明るい空。
 空を映すように輝く海は、同じように紫と薄紅色をしているが、岸に打ち寄せる波は透けるように青く、白い飛沫をあげている。
 浜辺は広いのか、狭いのか、絵が覗き見させる世界は岩や南方特有の樹木の生い茂る一角で、判断がつかない。
遠くに見える高床の民家には明るく温かい灯りが点り、更にその向こうには高く連なる山が見えるから、・・・・・・もしかすると、そこは海岸ではなく、湖畔・・・・・・なのかもしれない。
 が、どちらにしても、そそり立つ断崖や、草木の緑、水の透明さまでもが俺を一瞬で引き付けた。

 一瞬。
まさに一瞬で、俺はその絵と別れを告げた。
理由は簡単だ。乗っていた電車の扉が閉まって、動き出したのだ。
後にその絵が、どこか国外の著名な版画家の作品だと知った。
透けるように奥深いその絵は、絵の具でも墨でもなく、シルクスクリーンという特殊な技法を使ったがためだということも。

 俺はその時、青の時代の真っ盛りで、例えば甲子園を目指してひたすらキャッチボールに励む少年達がいるように、ひたすら絵の知識を手に入れるべく、そして、その絵の正体をはっきりと掴むべく、さまざまに奔走するうちに・・・・・・

 気付けば、俺は彼の著名な版画家と同じ道を走っていた。
 いや、正確には、同じ製造名の列車に乗っていた、というべきか。
さして反対も受けず、奔走のうちに身につけた技術を元に、好きな絵を描いて送り出してやる。
世の中には同じような趣味を持ったヤツが結構いるらしくて、そこそこに売れたから、今のところ生活費には困っていない。
 それから、たまには水彩絵の具も、鉄や木の塊も手にとる。
 俺の使う得意な技術が、偶々(たまたま)あの版画家のものと同じだった。
かなり時間がかかるが、俺の最初の印象がこれだったんだから仕方ないだろう。
あの画家のような透ける波は描けなくとも、真摯な動物の瞳や零れ落ちてくるような星の大群はそこそこに描けるようになった、と思う。注目もされたし、批判もされた。

 そろそろ、飛行機がやってくるだろう。
そいつは俺を、異国の、俺を今のように仕立て上げる元になった画家のいる土地へと連れて行く。

 白く光る滑走路にジェット機の轟音が響き渡る。
 日本特有の幾色もの色彩を伴う秋空に、赤とんぼが群れをなす。
 着陸、そして、離陸。

 ――列車がまた一つ分、路線を変え、スピードを上げていく。
 下車する場所は、俺にも分らない。


*管理人より一言*

時雨さん、有難うございました。。。
管理人のお願いに即座に応えてこんなものを書いてくださるなんて・・・
時雨さんは毎回冷めた感じのお話が多いような気が管理人はしているんです。

それがよくも悪くも時雨さんの特徴だと管理人は思っています


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